一緒にいる覚悟

好きな人と一緒にいる方法はいろいろあるでしょうが、簡単に思い浮かべることができるのは「同棲」でしょうか。
出会いから時間が経ち、互いのことが理解できるようになってきたところで、より信頼を深めたり絆を深めたりするには一緒に住んでみるのが近道ではないだろうかと考えて、同棲に踏み切るカップルは意外と多いようです。

関係を深めようと考えて始める同棲は、ですが、一種の「賭け」でもあります。
それは、今まで見えていなかった部分が隅ずみまで見えるようになることで、意見の食い違いが起きたり、ケンカになってしまうこともあるからです。

そうした「違い」やマイナスの部分を、「不快」なことだと考えて一方的に拒絶してしまうか、自分にもそうしたマイナスの部分はあるだろうと考えたり、関係が深まってきた自分にだからこそ見せてくれた部分なのだろうと考えて、互いのそうした部分について話し合う機会を設けることができるかによって、この先の関係は変わってゆくものなのです。

出会いから間もない頃は、何もかもを許せていたという人も多いでしょうが、それは自分が嫌われたくないからであり、相手に不快な思いをして欲しくないという気持ちが働いていた時期だからです。
ですが、関係が進んでくると、「嫌なものは嫌」と言えるようになってきます。
その「嫌」を話し合いで解決できるか、嫌だからと切り捨ててしまうかで、「結婚」という段階へ進めるかどうかが決まるといっても過言ではないでしょう。

結婚という関係は、相手の何もかもを許すことで成立するのではなく、問題や不快なことが起きた時、それを二人で解決する意思があるかどうか、解決しながら関係を続けてゆく意思があるかどうかが大切なのです。
ですから、プロポーズとは、「僕(私)の側にはそうした意思があります」という告白であり、主張であり、「あなたの側にその覚悟はありますか」と尋ねる行為でもあるのです。

ですから、プロポーズを受けるという行為もまた、「僕(私)の側も覚悟ができました」という意を含んだものであり、実際に覚悟ができた人だけが、それを受けて応えるべきなのです。

「結婚」という言葉を聞くと、誰もが華やかで甘やかな「結婚式」の雰囲気を想像してしまいがちですが、プロポーズとは、本来「長く交際を続けてきたからそろそろ結婚しようか」などという「区切り」のために使われる言葉ではなく、互いへの覚悟を示す言葉なのです。
結納では「幾久しく」という言葉が使われますが、その言葉の通り、いつまでも一緒にいる覚悟がある人たちが交わす約束なのです。

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